ある物理エンジニアの日記

とあるエンジニアの回想録・着想録・備忘録

疲れたときは手を止めて

疲れたときは手を手を止めてぼんやりしたい。ぼーっとしながら、やりたかったことを思い出し、やりたいことを考える。

 

最近僕は、todoistというスマホアプリでこの作業をやっている。

便利なtodoist

 

最初はふくざつなことは考えない。todoをぼんやりたくさんリストする。

 

ある程度まとまったら、優先したいタスク、それを解決しないとほかが遅れてしまうようなタスクをチェックする。このアプリにはささやかに優先したいものを強調する機能がある。

 

つぎにもっと大切な作業だ、優先順位を挙げなくて良いタスクを未来の日付に先送りする。優先しなくてよいものを意識からうまく遠ざけるのが大切なのだ。

 

ここまでやると安心できる。

 

スケジュールの消化

心身が元気なときは簡単だ、優先順位の高いものからやればよい。

問題は、心身がくたびれたときだ。

そんなときは、todoの消化の手を止めよう。

 

僕はそんなとき、ちいさなダンボール箱を用意する。そこに、次の作業に必要な道具や材料をいれていく作業にとりかかるのだ。

これが意外と楽しい。段取りが整理されていくほど、自分が立ち止まることに安心できるようになる。

 

そして、よく眠ってつぎの日に着手する。そうすると、おどろくほど段取り良く作業できる。

 

元気なときに片付けしない

心身が元気で集中力があるときに片付けなんかしない、それが大切なことだ。

そして、フルパワーのときとゆったりするタイミングのメリハリがあると仕事は楽しくなる。

 

 

 

 

 

半年分の仕事を得た、嬉しい

半年分の仕事の契約を得た、嬉しい。

僕のような自営業者にとって、仕事の契約は必ずしも長期ではない。それどころか、ほとんどは単発である。それを繋いで、生きている。

僕はサラリーマンをちゃんとやったことがない。契約社員というのもやったことがない。大学の非常勤はやっていたけれど、経営者と二足の草鞋だった。

 

正規雇用の人たちが、何年かで契約打ち切りになって嘆いている、というニュースを耳にする。けれども、あまりその深刻さが分からない。

僕にとっては半年の契約はとても長い。その先に仕事が得られる見通しなんて持っちゃいない。あるのは自分に対する自信とお客さんに対する期待だけ、実力を発揮していくしかない。

 

ところで、近年雇用に対する風当たりが強くなっている。非正規で雇用するにもどんどん制限が増えているのである。僕はアシスタントを雇うことをやめたし、おそらくもう人を雇わないだろう。似たようなフリーランス同士の協力関係の中で商売をやっていっている。

こうなると、これまで非正規雇用をやっていた人たちはどうなるのだろう?とふと思う。彼らはおそらく契約を更新されにくくなるだろうし、これから大人になる人たちはそもそも雇われにくくなってしまったのだろう。

 

そういう人たちは、これから先、僕と同じようなフリーランスになるしか選択肢が無いに違いない。そのことは少し覚悟している。競合が増える可能性があるな、、と。

でも一方で、怯えてはいない。そういう人たちに実力で負けることにはならないだろうからだ。こんなに国全体で人を雇うことを難しくして、どうするのだろうか???

と時折思う。いや、いいんだけどね、僕は。

 

 

 

 

 

 

人間関係の非対称性

「自分はこうしてほしいけど、あなたにはしてあげたくない。」

「自分はこうしたいけど、あなたにはされたくない。」

 

こういうことって、当たり前にあることだし、あってよいのだと思う。

 

ところが、

「自分がこうされたいなら相手にもそうするべきだ」

「自分がこうしてやったのだから、相手もそうしてくれて当然だ」

という思い込みに悩まされてしまうことが少なからずある。

 

これ、学校で思い込まされた間違った感覚なんじゃないか?って思うのだ。

あゝ、あの閉じた教室に集団を収容して飼い殺しにするためなら、それは不可欠な教育なのかもしれない。

 

僕たちは、みんな別々の人間だ、好き嫌いがあって、違う欲求があり、持っている財産も違えば、持っている感性も違う。

 

僕がいらないものを差し出せば、それをほしい人もいる。

僕のほしいものを、いらないと思っている人もいる。

 

僕のいらないものが相手のほしいもので、僕のほしいものが相手のいらないものなら、交換すれば良い。

 

そうやって、僕たちは豊かになる。

 

相手がしてくれたからって同じようにしなきゃいけないわけじゃないし、僕がしてやったからって同じようにしてくれると期待しちゃいけない、

 

むしろ、ありのままの相手でいてほしいし、ありのままの自分でいたほうがしっくりすると思う。

 

そうじゃないと、同質化する。それにしたがって、交換できなくなる。そればかりか、嘘と無理が膨らんでいく、つかれてしまう。

 

自分をぼかさず、正直でいればよい、あとは、運命が自分を拾ってくれる。

 

 

世界一優秀なタスク管理ツールは、心の中にある

漠然とした不安、恐怖、そういうものがやってくることがある。

なぜか目の前の問題にとりくみたくない。

そんなときどうするのがよいのだろうか? 

必要なのは、心を自由にすることだ。

 

締め切りギリギリまで放置してしまうのはなぜか?

なぜか、締め切りギリギリまで着手できない、、、

締め切りに縛られれば心を無視して取り組めるがそうでないときは現実逃避してしまう。これは、要するにやりたくないからなのだが、なぜやりたくないのかが分からないから悩ましい。

自営業なのだから、やりたくないなら仕事をうけなければいい、だけどなぜかうけている、そして今やパニックに陥りそうなのだ。

こういう状態を、心がざわついていると私は表現する。

 

タスク管理やスケジュールに頼りすぎない

着手できない理由をたんなる怠惰だと思いこむと、スマホのアプリや手帳などのタスク管理ツールなどで自らを矯正しようとしたりする。だが、おおよそ間違いである。

 

なんでも集中力や計画で解決できるわけではないのだ。

 

意外と気づいていない人が多いのだが、問題を整理して取組みやすくするために道具を使うのは良いのだけれども、不安を誤魔化して自分の時間の使い方を縛り付けるためにつかうと途端に悪い効果が湧いてくる。

タスク管理ツールなどの便利なツールはいくらでも見つかる。そして、私たちを効率よく問題解決へと向かわせる。でも、これらのツールは心の問題までは解決しない。

心がざわついたときにはとくに、何かココロが問題を認識しているのである。それを放置して突き進んでも、やがてなにかがだめになる。

必要なのは、心を自由にすることで、縛り付けることではないということだ。

  

慌てない

慌てるというのは、急ぐことではない。

目の前にある問題を本当に優先すべき事柄なのか考えないことにして乱暴に前に進めることだ。それって、一種の現実逃避なのだ。

心がざわついているということは、本当は別の問題があると気づきかけているのかもしれない、そういう状況にあるのに、物事を考えないことにして先に進めようとする。

 

締め切りは守れるかもしれない、でも、締め切りしかまもれないのである。それでは、人生は下り坂だ。 

 

なんで心がざわついているのか調べてみる

そう、なんで心がざわざわしているのか、調べてみることが大切だ。

ざわざわしているっていうのは、我ながら良い表現だと思ってる。簡単に言語化できない問題を抱えているのだ。

それはたった一つかもしれないし、複合的かもしれない。

問題はすぐに解決できなくてもよいが、問題が認識できないまま心だけが感じ取っているからやっかいなのだ。

それがなんなのか、調べてみなきゃいけない。

 

ひたすら何かをやってみる

ひたすら単純作業をするのは、よいことだ。ただし、いやなことをやってはいけない。

気に入ったこと、できたら言語による思考を伴わない作業を見つけておくと良い。

散歩とか筋トレとか、針金細工とかだ。

それで、言葉で考えないのがポイントだ。

ひたすら長時間、言語思考無しで、こころを何かに向けてみるのである。

そしてもう一度、自分のざわつきに向かい合ってみよう。

 

するとふしぎなことに、気になっていた事柄が鮮やかに認識できるようになる。

 

 心は最高のタスク管理ツール

タスク管理ツールやスケジュールは、自分が言語化したり整理したタスクのゴールだけを案内してくれるけれども、それが本当に幸せになれる目標なのかまでは判断してくれないのだ。

 

実際のところ、こころがざわついて何もできない時間というのが解消すれば、本当は時間に余裕があるはずだ。

私の心は幸せに生きたいのであって、締め切りを守りたいわけではない。

これが面白いところだ。

 

本当に取り組むべきテーマが別にあるのなら、それがなんなのかちゃんと認識するために心を開けよう。そして心の中を整頓してから、前に進めばよい。

この工程を端折っている間は、人生は上がっていかない。

 

 

 

営業を沢山やるより、成果をちゃんと積み上げる努力をする

フリーエンジニアとして10年仕事をしていて思うことがある。

  • 身の丈以上の「営業」をやっても、あまり成果にならない。

身の丈に合ってない営業をしても、マシな場合で時間の浪費、むしろ信用を失いがちになる。

必要なのは、ちゃんと評価可能な成果を積み上げていくことだ。

 

 

営業の前に成果

人脈を広げる前にやることがある。

自分が何をできるのか、何に興味があるのか、他人に伝わるようにするってことなのである。そのために必要なのは、成果だ。

エンジニアであれば、作ったものや、実際に図面にしたり試作したアイディアや、すでに仕事で繋がっている関係(お金になっている関係)の中身である。

 

プレゼンテーションだけなら、そんなものは捏造できる。そして、お金を受け取る程度のことでよければ、それでできてしまうこともある。だが、そんなものは意味がない。

 

実績のない状態でエライ人に会っても、意味がない

 中身として価値のあるものがあれば、ほっといてもそれを利用したいと思う人が近づいてくる。そして本当の関係が発達していく。

今の時代なら、ウェブでアピールするくらいでも十分だ。検索エンジンが勝手に引き合わせてくれるだろう。

 

ほら吹きをやっても損するだけだ。

 中身に価値のない人間が大勢と接触しようと試みたとしても、向こうから見たら、中身の空っぽな人間だなぁ、と認識されるだけである。もっとよくない場合は、あいつは詐欺師か?と身構えられる話になる。

そんなの時間の無駄どころか、損しているだけだ。

大切なのは身の丈に合った営業

大切なのは、今できることをはっきりさせること。

小さくても良いから、それを何かに結び付けられる人をちゃんと選んで価値を生み出せる関係を作っていくこと。これを地道にやれば、複利で財産が増えていくように、人脈も成果も大きくなっていく。

時間を有意義に使って、自分の本業でのレベルを地道に上げていくことが大切だと思う。

成果が実績になって次につながっていくときは、本当に指数関数的に拡大していく。つまらない欲をかいて、変なことをしなければ十分だ。

 

 

フリーエンジニアの朝の過ごし方

僕の職業はエンジニア、一人の会社で開発をします。

今日は、一日の過ごし方をまとめます。

朝、職場につくと、時間割を作ります。メインのタスクと、ルーティンワークをそれぞれいむやるかを決定するのがこのタイミングです。

メインの開発業務は、頭がスッキリしているなら前に、まだ気分が乗らなあなら後にします。このとき、集中する予定の時間も決めてしまいます。

顧客との折衝などがあるなら、そのタイミングも決めます。

そして、あまりの時間にルーティンワークをおしこむのです。

 

最後に、長期的なスケジュールや締切を確認して、植物に水やりをします。

 

この作業が、僕が朝最初にする仕事です。